何故色石の査定評価は低いの?

第86回

ドラゴン鑑定

最近 お客さまから色石に買取価格が付かない理由を聞かれるようになりました。

今回は色石の査定について解りやすく書いてみます。

 

過去に色石買取依頼をご経験の方で色石にはほとんど値段が付いていない方が多いと思われます。

 

確かに色石には買取価格なるものがあってないに等しいと思います。

 

よく耳にすることは、いきなり色石には買取価格はつきませんと言われるそうで、やはりお客さまに納得して戴ける説明が必要かと思います。

 

現状ではこれから先も、業者から色石の買取価格はつきません

 

申し訳ありませんがその原因はお客さまにもあります。

 

色石には買取価格はつきませんと言われ、この言葉にすでに納得されており、不服なれば遠慮せず返品してお帰りになる事です。

このままでは、買取業者の思いのままであり、この先も一定の業者の買取価値観は変わりません。

 

このような一定の業者はお客さまが相手にしなければよいだけです。

 

以前にもお話し致しました

 

ダイヤモンドには、偽物、本物を調べるダイヤモンドテスターがありますが(最近では合成ダイヤモンドが出回りテスターだけでは判別できません)

テスターの他にさらに合成ダイヤモンドの判定機械が必要となっております。

 

ダイヤモンドには国際相場がありますが

しかし、残念ながら色石には相場がありませんので

未熟な業者は難しい色石の査定はできません。

 

色石はテスターなどはなく、今迄に自分でたくさんの色石を見て培った経験が必要で、また必ず屈折率も調べ本物か合成かを判断しなければなりません。

 

多くの買取店はもし買取して、偽物であったり買取評価以下であったりした時には大きなリスクを負うことになり

 

それを避けるため多くの買取店は買取価格は非常に・・・安価であるか・・・ゼロ・・・であります

 

次回にこの続きはお届けいたします。

 

100回と101回をお楽しみに、買取の仕組みが良く分かります

 

業界の異端児ドラゴン鑑定

   にしおか まさる

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私とトロンボーン

第85回

 

ドラゴン鑑定

2ヶ月程遅く入部した吹奏楽部、入部して10日ほどでしょうか、となり町の保育園の運動会に呼ばれ、まだ音階とかの段階で楽譜もろくに読めません。

トロンボーンヘ音記号で、小学校ではほとんどト音記号の記憶があります。

 

それがいきなりヘ音記号、毎日家に帰っても楽譜の読み方を勉強して本業の勉強はおざなり、親のお怒りも良くわかります、しかし運動会で走ることを考えますとヘ音記号意外と早く覚え、2か月後には中学生位の演奏で行進曲は何とかこなすことができ、

吹奏楽ブラバン)は結構いろんなところから依頼も多く楽しい部活で、卒業した小学校の運動会、近隣の町の運動会、町内の記念行事、文化祭、当然自校の体育祭これが3年間です、やはりブラバンに入ってよかったと思いました。

 

中学に入り、夏休み全校生徒留萌⦅鬼鹿海水浴場)に行ったことがあり(汽車貸し切り)この時宿泊したのか日帰りかは忘れましたが、ブラバンだけは合宿練習という事で3泊します、

練習も楽しかったですが、鬼鹿海水浴場での底網魚で網にかかった魚の多さに驚きました。

 

中3の文化の日には、大きなホールでの演奏会が一番の思い出でしょうか。

今でもその曲ははっきり覚えております。

 

USAの行進曲常日頃練習しておりましたので

星条旗よ永遠なれ・君が代行進曲・古城・他5曲でこのころには音符を暗記もしておりました。

学業の方も暗記ができていたならと思います。

暗記と言えば、今でも日本史江戸時代までは大好きで孫とよく話し合います。

 

次回からは本業の(金・プラチナ・ダイヤモンド)について書いていきます。

当店はお客さまのための、ホームページですから楽しく読めて、買取の裏とはこうなんだと分かっていただけます様に解りやすくお届けいたします。

 

さいごまでおよみいただきましてありがとうございました

ドラゴン鑑定

にしおか まさる

 

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北海道と私

第84回

ドラゴン鑑定

 

5回にわたって小学生のころを書いてみたので、少し中学時代のことも書いてみます。

自由奔放な性格の私ですから、この性格は中学に行ってもあまり変わることはありませんでした。

 

中学校では最初の2ヶ月は部活も入らず、授業が終わると自転車で真直ぐ帰宅です。

しばらくこの状態が続きますが体育の時間は結構走ることが多く、小学生の頃は運動会が大嫌いで走るといつも後ろから2番~3番です。自分の足の遅いのは自覚しており運動会は絶対に嫌と思い、運動会で走らない方法を友達に相談しますと走らなくてよい部活があると聞き吹奏楽部に入ります。

 

入部してすぐに、今開いている楽器はトロンボーンしかないと言われますが走らないのであればなんでも良くトローンボーンに即決これがまた楽しく、朝練は当たり前自分たちで毎朝1時間練習です。

 

授業が終わり毎日2時間練習、土曜日は4時間になることもあり、私は他の1年生より2ヶ月程遅いので 昼休み30分練習いたします。

 

母からは、それだけ勉強したら何も言わないといつも言われ通し

勉強よりトローンボーンが好きで、マウスだけを持ち帰りマウスで音の出し方と言うのでしょうか学業より吹奏楽にはまり、見かねた母は 担任の先生のところへ、母から言っても吹奏楽は止めないので先生から止めさせていただきたいと頼みこみ、

 

当然、先生は私に勉強がおろそかになるのは良くないので止めたらとやんわりと諭されますが  聞く耳はもちません。

母が何回も先生に頼みますので、私と先生は同じ事の繰り返しになり、担任の先生が嫌いになるという事態になり、先生と今は家族のお付き合をしていただいており私の大切な方で有り恩人であります。

 

中学卒業後、20年位してからでしょうか、先生とお酒を飲んでいた時に、初めて君のお母さんから何度も吹奏楽を止めるように頼まれたそうです。

 

結局トロンボーンは3年間放さず卒業いたしました。

 

人に何を言われても我が道    大好きな言葉・・・・・【人の行く裏に道あり花の山】

さいごまでおよみいただきましてありがとうございました

 

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にしおか まさる

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北海道と熊本

第83回

ドラゴン鑑定

 

熊本での小学校までは20分くらいの距離ですので結構近く感じ、帰りは従弟と必ず一緒に帰り、自宅から30m位のいとこの家によりケンカ駒を習い、その周りに自分なりの細工をして駒の重心を重く駒同士がぶつかり合っても弾き飛ばされないように作ります。

この遊びは今までにない経験で学校から帰ると毎日のようにしておりました。

 

この駒は北海道に持ち帰り近所の友達がうらやましがり駒のケンカをしても負けることはありません。

 

ケンカ駒と普通の駒では最初から勝負はついており、駒の周りには鉛で細工しております。(非法な事ですね)

 

当時の熊本には雪が降らずこれも又うれしく、今このブログを書いていて、熊本にはトンボ、バッタなどいたのかなと思うくらい記憶にありません。

嫌いな蛇は見かけました。

 

熊本での遊びで幅3mくらいの小川が流れその周りには北海道では見たことのない直径8cm位のちんちゅく竹(これが正しい呼び名かは分かりません)この竹が珍しく帰る時には必ず持ち帰ろうと10本えりすぐり用意しておりましたのですが、北海道に帰ってから忘れたのに気が付きました。

 

北海道では、夏でも当時は朝晩寒くストーブが必ず付いており真夏でも26℃ですから。夏の終わりには必ず七輪がありこの七輪を使い、お湯はもちろんのこと煮炊きもしておりました。

 

この七輪を興す手伝いも,その興し方は新聞を燃やし薪に火が付いたならコークスを入れると終了でこの手伝いはよくしました。

当時、北海道では一年中ストーブの火を消す事はなく夜中は火を止めます。

火を止めると言う意味が分からない方が多いと思いますが、夜寝る時には朝すぐに火が付くように、火種に石炭を入れこの石炭が燃えないように一晩寝かせこの状態を火を止めると言います。

 

冷蔵庫も必要なく冬は窓の外が冷蔵庫替わりです。

この方法は当時の北海道全てかは分かりませんが、普通の家庭です。テレビ・冷蔵庫・洗濯機のない時代です。

いま思いだしても,その当時はそれが当たり前の生活です。別に我が家だけが変わっていたわけでも有りません。

 

今振り返っただけでも楽しい毎日でした。

 

さいごまでおよみいただきましてありがとうございました

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にしおか まさる 

 

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北海道・熊本-秋

第82回

ドラゴン鑑定

 

北海道の夏は短くアッという間に過ぎ去り秋きがやってきます。

周りは山ですから、紅葉が綺麗でそのころ 紅葉など考えもしませんが、友達と一緒に紅葉を拾って押し葉をしておりました。

 

バッタ・トンボも夏から秋にかけて良く捕り簡単な昆虫標本などを友達と作り出来具合を競いあいました。

 

秋の山にはたくさんの山ブドウが鈴なりで、日曜日にはよく出かけ、翌日に漆にかぶれ顔じゅう腫れたことは夏、秋、毎年2回はかぶれ、母親に怒られた記憶が鮮明にのこっております。

 

小学3年の6月頃から翌年3月まで熊本に転校し、熊本の方言に苦労し異国を尋ねたようで、翌年北海道に戻る時には言葉の不自由は全くなく熊本の言葉が多く、帰ってから北海道の言葉に直すのに少々時間が掛かりました。

熊本の10か月はとても楽しくなっかしい思い出が多く、北海道では経験の出来ないことがたくさんあり今でもしっかり脳裏に焼き付いております。

 

母の実家は農家ですから家も大きく、見るもの全てが珍しく遊びも全く違いますから面食らいましたが全てが新鮮な遊びに思えました。北海道では近くに大きな太い竹がなく、竹と言えば笹竹の事です。

 

叔父がその太い竹で竹馬を作り、竹馬の乗り方を教えてもらいすぐに覚えました。

 

北海道の駒と熊本のケンカ駒の違いその強いのには驚きました。

 

このケンカ駒北海道に持ち帰ります

熊本に着き、母の実家の敷地に足を踏み入れ何歩か歩いたところで牛がないたのには驚き、北海道に住みながら牛を目の前で見たのは初めてのことでした。

牛車に乗り、田んぼに行くのが楽しみの一つでお昼のおにぎりが美味しく祖父にたくさん食べる子は大きくなるからと言われ 従弟とよく食べました。

農家ですからお米はたくさんあります、もしかしたらその当時お米は配給時代かもネ!

 

熊本の家から叔母の福岡に行く事がこれも又楽しく、福岡県の大牟田では歩いて行ける距離でした、今も愛する海があるのですからたまりません。

海苔を採って家に持ち帰えりすだれに乗せ、干海苔の作り方を教わり九州の毎日は自由奔放で有り、北海道、九州、ともにに自由奔放に育ち、小学時代は自然と自由に遊んだようです。

さいごまでおよみいただきましてありがとうございました

  ドラゴン鑑定

にしおか まさる 

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